私が見たミャンマー(8年前)その1

こんにちは。

 

ミャンマーが日々ニュースで報道されていますが、

大変な事態になっていますね。。。!

 

実は、親戚にミャンマー人の方がいます。

(数週間前は無事だったそうですが、
 毎日の死傷者数も軍の弾圧もすごいので心配です💦
 でも、みな軍事政権下の生活もしてきた方々。
 今、声を上げずにはいられないこではないかと想像します)。

 

私自身も2013年にミャンマーに行ったことがあります。

 

私自身、まだまだ不勉強でミャンマーの歴史についてや、
様々に政権が変わる中での暮らしが具体的などういう変化があったなどは、
詳しく話を聞いたわけではありません。

 

また、私がミャンマーに行った2年後の
2015年に新しい政権が樹立してから、
ミャンマーの状況や町の様子は目まぐるしく変わっているそうです。

 

8年前のことなので、今と状況は違うと思うのですが、

 

私が見てきたのはほんとうに1部で、
英語でのやり取りのため十分なやりとりができたわけではないのですが、
←英語出来ないのでほぼyesとnoしか言ってなかった人笑

 

少しでもミャンマーという国のイメージがしやすいように、
当時の写真とともに様子をご紹介したいと思います。

 

 

ミャンマーは仏教国家です。

 

私が接した親戚の人々は、

心から歓迎してくれ、

本当の家族のように接してくれて、

最大のおもてなしをしてくれました。

(全行程ずっと一緒でサポートしてくださいました)

 

 

ミャンマーはタイの隣にあり、
タイの映像は見たことある方も多いかもしれません。

寺院や僧侶の方々、仏教とともにある暮らしをしているのだな、と感じました。

 

 

空港について、

ミャンマーの親戚の歓迎を受け、

道中は車で移動しました。

(空港は、当時軍事施設でもあったため、撮影NGでした)

 

車が信号で停車すると、すかさず道で歩いている方が新聞(?)を売りに来ます。

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まだ車の交通の整理ができていなくて、
大通りも信号の数がとても少なく、運転が危ない印象を受けました。
渋滞も多発しています。
(日本の交通事情も当たり前のようで、整備してくれたものだったんですね)

 

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わかりにくいかもしれませんが、このような信号のない交差点を渡るのは、
非常に怖くて、笑いがこみあげてくるほどでした・・・笑

 

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日本の中古車がたくさん走っていました。
(よく船に大量に車が載せられる画像を見ますが、本当に使われているのですね^^)

 

 

 

 

ホテルはもう火事で焼失してしまったのですが、

ミャンマーの伝統的な建物建築のホテルに宿泊しました。
(日本だと帝国ホテル級ですが物価が安いので非常に安く泊まれたそうです)

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すっごく美しいホテルでした(伝統工芸好きにはたまりません)

 

もともと首都だった大きな都市ヤンゴンにある(ニュースでもよく出ている都市です)
1番有名で、最も神聖といわれる寺院(パゴダ)。

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夜はライトアップされていて、声が出るほど綺麗でした。
(裸足になって入ります)

 

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中は金ぴかです。

 

仏像の前に座るところがあって、
人々は、座って、頭を床につけてお辞儀をして、祈ります。 

 

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ほんとうに綺麗でした・・・!

 

 

当時、日本人でも旅行に行く人はほとんどいなくて、日本人はいなかったのですが、

サクラタワーという日本の企業が作った高層ビルがありました。

そこからのヤンゴンの眺めがこんな感じです。

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道には露店が並んでいます。 

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顔につけている伝統的な白い化粧をかなりの人がしていました。

 

タナカ というもので、

タナカという木を擦りつぶして、白い粉を顔に塗って、
日焼け止めの効果や美容にもいいそうです。

 

こんな感じの木です。

wakutabi.com

 

 

市民が利用する市場。

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8年前は、ほとんどの人が、民族衣装を身に着けていました。

 

下につけているのがそうで、ロンジー といいます。

 

このロンジー、私も着ましたが、一枚の布でできていて、
それをくるっとひねって腰に止めたものでした。

 

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市場には布がたくさん売っていて。

 

 

 

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市場の2階に仕立て屋さんがいて、
身体に合わせて、布を縫って仕上げてくれます。

 

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仕立て屋さん日本では、ほとんど見ることがありませんが、
昔は日本でも多かったのでしょうか。

ここで服を直してもらう、とも言っていた気がします。

 

 

市場では、日本人だからぼったくられるということはなく、

日本と同じように、どの人にも同じ価格で取引きがされていました。

 

 

 

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ここは、アウンサン・スー・チーさんのお父さんが指揮を執っていた建物で、
(スーチーさんのお父さんは有名な軍人だったそうです)

今はレストランとして開放されています。

 

ミャンマーイギリス領だった時代があり、

ミャンマーの人が英語が話せる人が多いです。

建築もイギリスの様式が取り入れられいます。

 

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ものすごく美しい室内でした。

 

ちなみに、ミャンマーの料理はまったく口に合わなくて、

1週間ほぼあまり食べずに過ごしました・・・^^;

 (このレストランでは洋食が食べられました!)

 

私が会ったミャンマーの人は、
だますとかいう感じはしなくて、
素朴で、率直な、心のいい人の印象があります。

 

これは、元首都だった場所の上流の暮らしの一部だと思います。

 

寺院の様子や

飛行機に乗って、3大仏教遺跡のバガンにも行きましたので、田舎の方の暮らしなどを少しだけですが見てきたので、

その様子もお伝えします。

 

続きます。

2 COMMENTS

idory-yocchan

あづちゃん、今晩は🥰
お久しぶり~😀
お元気そうで何よりです。
ミャンマーに親戚の方がいらっしゃるんですね。心配ですね😞
どうかご無事でいらっしゃいますように🙏🍀
ミャンマー、昔はビルマという国名でしたね。
国名も首都も国旗も変わっていく国。
国民の皆さんが命が守られ安心して暮らしていけるそんな国になりますように。
ご紹介下さりありがとうございます。
続きを楽しみにしています。

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azuchana

よっちゃんさん、こんばんは😸
よっちゃんさんもお元気そうで何よりです✨
やっと少し余裕が出て、発信まで手が届くようになってきました(^^)
そうでした・・・!
この旅行祖母が一緒に行っていたのですが、ビルマってどうしても言っちゃう、と言っていました(^^)
日本にいると、どこかの国の領土になるとかもありませんてしたし、
軍事政権とか、想像もつきませんね。
(沖縄に行くと感じることはありますが!)
こんなに大変なのに何もできないのですが、
普通に人権が守られて、自由に暮らせる国となっていくように祈るばかりです。
読んでいただいて、ありがとうございます(^^)

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